新しい日常のはじまり

執筆/園山宗光

 今年の梅雨もそろそろ明けそうな気配がありますが、今回は期間が長く、そして雨が降る日がとにかく多かった印象です。梅雨時期の豪雨災害が近頃は珍しくないですが、今年のように全国で頻発するのが当たり前になっていくことさえ感じます。農業仲間で「今年は豊作だよ~!」という人は皆無で、誰もが豪雨や日照不足の影響で野菜の出来がわるいと言います。露地野菜中心で農薬や化学肥料を使わない有機農業を営む生産者にとっては厳しい夏を迎えています。そんな中でも秋に向けて畑の準備をしたり、自社の湧水農場ではにんじんの種まきが始まります。この先どんな気候変動が起ころうとも大自然をしっかりと受け止めて、一喜一憂しながらも来期は今年より少しでも良い収穫があるように前進していきます。

 さて自然相手とは少し違うのかもしれませんが、新型コロナウイルスはまったくの収束の兆しが見えず、むしろ鹿児島では悪化の一途をたどっています。4月中旬から農園直営のレストラン、森のかぞく2店舗でも店内飲食を自粛した上でかねてより販売していたお弁当や惣菜のテイクアウトを2ヶ月ほど続けてきました。この期間は全国的に経済活動が大きく鈍り、人の動きも止まっていたため私自身も人と会うことが減り、夜の会食もなくなりました。それもあってこれから先のことを考える時間が取れたので、今後の飲食業の先行きを考えていました。

 最初に鹿児島でコロナ感染者が出た翌日、それまでレストランを訪れていたお客様の数は4分の1ほどに減りました。首都圏でのそういう状況は聞いてはいましたが、「これは本当に怖いことになるな」と身震いがしました。食事やお酒とともに会話をゆっくり愉しむという外食のスタイルが根底から覆ると感じた瞬間でした。これからの新しい日常に合わせて自分たちも変わらなければ後はないという思いに駆られていきました。

 もともとレストランへの強いこだわりは父が持っていました。有機農業を長年営む中で生産性の向上への追及は至上命題でしたが、一方で手間をかけてこだわって栽培するが故に、野菜は加工度合いを高め、(つまり加工品にしたりレストランの食事で提供するなどの)付加価値をつけて売らねばならないという持論がありました。ある意味でそれに賛同したのが私たち兄弟であったので、次々に農場経営の中に入ってくることになりました。父のレストラン構想を聞いていた兄弟はそれとなく飲食の道に進み、1号店の名山レトロフト店を「レストラン」として野菜盛りだくさんの食事をしていただくことにこだわり、先日7周年を迎えることができました。

 去年10月にオープンしたばかりの姶良店もより深化させたレストランとして、3年をかけて出来上がった店でした。それだけにコロナ禍が突き付けているレストランとして今後どうやっていくかという問題に当初は答えが出せませんでした。しかし第2波、第3波の懸念が拭えない中での再開については、また営業自粛となることのリスクを考えると踏み出せず、私たちが出した結論は「当面レストラン営業は休止する」というものでした。その代わりにそのスペースでは自粛中に多くの方に喜んでいただいたお弁当や惣菜を充実させ、新たに焼き菓子や天然酵母パン、それに有機農業に取り組む生産者仲間の野菜や加工品を集めたオーガニックマルシェを常設します。7月1日からこの「新営業形態」に生まれ変わり、駐車場に建てたスタンドではスムージーやソフトクリームも販売を始めました。6月中にスタッフみんなが練ってきた商品が次々と並びます。

 レストランに人一倍こだわってきた料理長の弟にとっても私にとっても、この業態転換は断腸の思いであり、姶良初のオーガニックレストランで働きたいと入ってくれたスタッフや、再開を待ち詫びておられるお客様の声を聞くたびに胸が痛みました。しかし今ここで新しい形態に変わらなければ有機農業の町で有機野菜を美味しく食べられるレストランを興すという当初目的を達成できないどころか、事業の存続すら危うい状況でした。しばらくの間レストランではないかもしれませんが、同じ材料で同じスタッフが作ったものが形を変えて生まれてくる愉しみはこれまで以上になるかもしれません。まだまだ姶良店は始まったばかりで、これから様々な出会いがあってお店が形作られていくと思いますし、鹿児島市内の名山レトロフト店はランチ営業を再開していますので、また皆様にお目にかかれるのを楽しみに日々精進してまいります。今後とも末永くそのやま農園と森のかぞくをよろしくお願い致します。

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